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東京家庭裁判所 昭和47年(家)526号 審判 1972年9月14日

申立人 中原美智子(仮名)

相手方 中原一郎(仮名)

主文

相手方は申立人に対し婚姻から生ずる費用の分担として、本審判確定と同時に金一〇〇万円、昭和四七年九月分以降は別居状態解消するに至るまで毎月金四万五、〇〇〇円宛各月末日限り、申立人住所に送金して支払え。

理由

一  本件申立の要旨

1  申立人は相手方と昭和四一年一二月八日挙式のうえ同棲し同年同月一二日正式に婚姻届出を了し、その間に長男三千男(昭和四二年一〇月二七日生)をもうけた。

2  相手方は結婚当時石油の卸売業者として手広く事業を行つていたが昭和四二年五月脱税容疑で国税局から摘発されると、経営していた数個の会社を計画的に倒産させ自己所有の個人財産も他人名義にするなどして隠し財産を有している。

3  相手方は申立人との結婚前から数名の女性と関係を持ち結婚後一ヶ月ぐらいから外泊するようになり夫婦喧嘩がたえず相手方は申立人に対し離婚をせまつたりしたが、申立人は当時既に長男を妊娠しておりこれに応ずる気持がなかつたが、昭和四三年春頃からは毎週土曜日は必ず外泊するようになり同年九月頃からは水曜日のみ帰宅する有様となり、遂に、同四四年五月二〇日からは全く帰宅しなくなつてしまつた。

そのうえ、相手方はかつては相手方の秘書をつとめたこともあり相手方の腹心とも言うべき○○開発株式会社の広岡をして申立人の個人財産にまで差押をなし申立人の追い出しを図つたりしたので申立人はもはや相手方との生活に希望を失い離婚する決意を固めた。

4  相手方は昭和四三年一二月からは全然生活費を支給せず、申立人はやむなく実家から援助を受けて自らと長男の生活費をまかなつたのであるが、申立人はかような境遇から精神的にすつかりまいつてしまい昭和四四年九月五日心臓神経症で入院することとなり長男を相手方の両親宅へ預けて約一ヶ月闘病生活をおくつたのち、大磯の申立人の父宅に身をよせている。

5  そこで昭和四四年九月二七日申立人は東京家庭裁判所に相手方との離婚を求めて調停を申立てたところ、離婚と親権者指定については相手方と合意をみたが、慰謝料については相手方は次回まで検討すると答えながら以後三回つづけて調停期日に欠席をつづけ、従来の住所から行方をくらましたりしたため、結局調停打切の処置をとられてしまつた。

6  申立人は現在膵臓が悪いため働らくことが出来ず月一回東京駅前の中央診療所に通院して医療費は薬だけのときは約二、〇〇〇円、レントゲンをとるときは約八、〇〇〇円かかり、申立人は今まで実家の援助をうけ生活してきたが両親も老齢であり、妹もまだ高校生なので今後は東京都内のマンションを借りて一人で療養しながら生活していきたいので、その生活費として一ヶ月一五万円を申立人に支払うことを要求するため本件申立に及んだ

というにある。

二  裁判所の判断

1  本件事件記録添附の戸籍謄本、家庭裁判所調査官小松宣雄の調査報告書、診断書二通並びに申立人、相手方および参考人に対する各審問の結果ならびに昭和四四年(家イ)第五四〇二号夫婦関係調整調停事件記録中の一切の資料を総合すると、次の事実がみとめられる。

(1)  申立人と相手方とは昭和四一年一二月八日挙式のうえ同棲し、同年同月一二日正式に婚姻届出を了し、その間に同四二年一〇月二七日長男が生れた。

(2)  相手方は申立人と結婚当時石油の卸売業者として手広く事業を行つていたが昭和四二年五月脱税容疑で国税局から摘発されると、経営していた数個の会社の業績はおもわしくなく、ついに同四三年一月に倒産してしまい相手方所有の個人財産も他人名義になつてしまつた。

(3)  申立人と相手方との夫婦仲は少なくとも昭和四二年秋頃から円滑さを欠き同四三年秋頃から相手方は家出をしてめつたに帰宅しないようになりついに同四四年五月自分の荷物を持ち去り完全に別居状態となつた。

(4)  たまたまその頃、申立人と長男が住んでいた住居内の申立人の特有財産まで債権者の差押を受けたのに、そのことを事前に知つていたと思われる相手方の態度に申立人は憤慨し、夫婦の離反は決定的となつた。

(5)  その後申立人は昭和四四年九月心臓神経症で約一ヶ月間熊谷医院に入院し、その際長男は相手方の父に監護を委ね、退院後は申立人の父宅に身をよせているが、胆のう炎、慢性胃炎、血尿等で一ヶ月一回東京駅前の中央診療所に通院加療している。

(6)  相手方は昭和四五年一月から申立外細田恵美子と同女宅で同棲するようになつたので同四六年三月それまで伊豆韮山にある相手方父所有別荘の管理人夫婦に預けていた長男を手許に引取り相手方と細田恵美子と二人で養育中であり、現在資本金二、〇〇〇万円の○○商事株式会社を経営し不動産業に従事している。

(7)  相手方は少なくとも申立人と別居以来申立人の生活費等一切支給していない。

(8)  申立人は昭和四四年九月二七日東京家庭裁判所に相手方に対する愛情と信頼を失つたとして離婚を求める旨の調停申立をなし、上記夫婦関係調整調停事件については同四四年一一月一二日から同四六年一〇月二〇日まで計一六回の調停期日をもつて調停委員会による調停が試みられ、その結果当事者間に離婚すること及び長男の親権者を相手方とすることについてはほぼ合意をみたが、慰謝料については合意に至らなかつたため、調停成立の見込がないとして調停を終了した。

以上の事実が認められる。

2  以上の事実によると、申立人と相手方とは夫婦であるが、昭和四四年五月頃から別居状態にあるから、相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として申立人の生活費を分担する義務があるといえる。

そこで申立人の生活費について相手方が婚姻費用として分担すべき具体的金額を定めるべきところ、一般に夫婦間の婚姻費用分担の程度は、いわゆる生活保持義務であつて、自己と同程度の生活を家族にさせる義務があるといわれているが、婚姻が破綻状態になり、当事者双方に円満な夫婦の協同関係の回復への期待と努力が欠如している場合には、その分担額もある程度軽減されると解される。このような婚姻破綻についてどちらの配偶者に責任があるかという有責性については離婚の際の慰謝料あるいは財産分与において考慮されることはありうるとしても、婚姻費用分担義務は本来婚姻継続のための夫婦の協力扶助義務と共通の基盤に立つものであるから、その原因の如何にかかわらず、夫婦間にこのような基本的協同関係を欠くに至り将来回復の見込もないときは、夫婦の協同関係の稀薄化に伴ないある程度分担責任も影響を受けることはやむを得ないところであろう。

本件当事者間の昭和四四年(家イ)第五四〇二号夫婦関係調整調停事件は昭和四六年一〇月二〇日終了して間もないが、この調停事件において当事者双方は離婚を主張し、主として離婚の財産的給付額について合意に達しなかつたことは前記認定のとおりであり、本件審判の経緯においても僅かの期間内に当事者の対立感情がとけたような気配は認められないので、本件当事者間の婚費分担責任は前述のような場合にあたると解せられる。加うるに相手方の現在の収入資産については、相手方が現在なお多額の債務を負担していること以外にこれを明らかにする資料がないので、相手方の収入をもととして分担額を算定することができない。

したがつて、本件当事者間の婚費分担の額を算出する基準としては、相手方の現実収入あるいは想定される収入を基準とするいわゆる労研方式をとることはできないし、さりとて申立人が主張するようにその必要の金額を基準とすることも相当でないので、社会生活における平均的な生活費を基準として分担額を定めるべきものと解される。

当事者間の長男は相手方において監護養育し、申立人は単身で生活し現在満二六歳であるから、満二六、七歳の女性の単身世帯の標準生活費を算定すべきところ、総理府統計局発表の昭和四四年全国消費実態調査報告(この調査は五年ごとに行なわれる)によると年齢三〇歳未満の女性の大都市における単身世帯の消費支出額は住居費、食費、光熱費、被服費、雑費等を含め、金三万二、一〇一円であることが認められる。これに対し、その後の消費物価指数の上昇(総理府統計局報告によると一〇・一六%の上昇)、記録中の全資料によつて認められる当事者らの生活程度、および申立人が病気のため通院治療の費用の支出、全資料に照らし申立人は通院中といつても多少の稼働能力はあると推認できること、相手方の供述により推認できる相手方の負担能力等を総合的に考慮すると、申立人の生活費は一ヶ月四万五、〇〇〇円が相当と判断される。

申立人は当事者の別居した昭和四四年九月以降の婚姻費用を求めているのでこの点について考えると当事者は申立人主張の頃別居し相手方は申立人に対し何ら生活費を支給していなかつたことは前記認定のとおりであるから相手方は申立人に対し、その分担の必要を生じた昭和四四年九月以降の生活費を支払うべきものと解されるところ、過去において申立人はその実家に身を寄せ住居費については現実の支出を必要としなかつたこと、この二年間の物価指数の変動を考慮し、昭和四四年九月以降昭和四七年八月までの婚費分担として一〇〇万円が相当と判断される。

以上の次第であるから、相手方は申立人に対し過去の婚姻費用の分担として金一〇〇万円を直ちに、昭和四七年九月以降の生活費として毎月金四万五、〇〇〇円を毎月末日かぎり支払うべきものとし、参与員二宮節二郎、同大野明子の意見を聴いて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

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